漢方の歴史

漢方の歴史

「薬」という字は、草かんむりに楽と書きます。このことでもわかるように、もともと「薬」とは、植物をはじめとする天然物の薬効成分のこと。東西にかかわらず、自然の恵みを利用して心身を楽にする技は、社会に深く根付いていました。西洋では「ギリシア本草」に、東洋では中国の「神農本草経」に、薬効成分をもつ天然物のことが詳しく書かれています。

天然物をそのまま利用した薬を「生薬」といいますが、西洋では、次第に生薬のうちの薬効成分だけを抽出するようになりました。のちにその化学的構造を解明して、自然界にはない新しい物質を化学合成しはじめたのです。おかげで即効性はぐんと高まりましたが、作用が強すぎるために、副作用というオマケまでついてくるようになってしまいました。

一方、東洋の漢方薬は2000年の長きにわたり、そのまま発達を続けてきました。その間、それこそ無数の処方が作られましたが、数々の経験を経て、優れたものだけが残りました。いわば2000年間にわたって臨床実験が繰り返されたようなもの。現代の新薬で、患者さんにおこなう「臨床治験」が3~5年程度であることを考えると、いかに徹底したものであったかがわかりますね。 さて、ここでひとつことわっておかなければならないことがあります。中国生まれの漢方は、じつは中国では「中医」と呼ばれています。日本に伝えられ、日本人に合うように改良されたものが「漢方」なのです。

中国の医学が日本に伝来したのは、古代のこと。奈良時代の「大同類聚方」や平安時代の「本草和名」「医心方」などの書物によって、その技法が広く知らしめられました。当初は忠実にその理論を踏襲していたのですが、江戸時代になると、より実用性が重視されるようになります。処方内容や診断方法なども、次第に日本人にあった工夫がなされるようになりました。こうしていまの漢方が出来上がったのです。

陰と陽

陰と陽

古代中国では、万物は相反する二つの要素、「陰」と「陽」で成り立っている、と考えられていました。たとえば、「天と地」「昼と夜」「男と女」など。このバランスが崩れると、天候不順や天変地異などの災いがもたらされると信じられていたのです。
当然、人体にも陰と陽があります。それぞれどんなものがあるか見てみましょう。

【陰】体内、腹、下体部、五臓(肝・心・脾・肺・腎)、血、水
※このほか生理機能の亢進を含みます【陽】体表、背中、上体部、六腑(胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦)、気
※このほか生理機能の減退を含みます

陰陽のバランスが崩れると、さまざまな不調があらわれ、やがて病気になってしまいます。したがって、ふたつの要素がつねに調和を保つように心がけることが大切。この調和の保たれた状態を「中庸」といいます。

気・血・水

漢方では、人間の生命活動は「気・血・水(き・けつ・すい)」の3つの要素によって成り立っていると考えられています。3つのバランスが保たれていれば、「正気(せいき)」が生まれ、健康を保つことができます。しかし、外からの病原菌や、ストレス、不摂生、心労などでバランスが乱れると、病気や心身の不調が生じやすくなります。
いったい「気・血・水」とは、それぞれ何を指すのでしょうか。

3つのうち、もっとも重要な要素。あらゆる活動の神経機能を指します。生命活動のエネルギーといってもよいでしょう。気が減少すると、消化吸収能力が低下し、栄養が全身に行き渡らなくなります。また、精神活動も不活発に。こうした状態を「気虚」といい、「だるい」「疲れやすい」「食欲がない」「風邪をひきやすい」といった症状が起こります。

血液をはじめとするあらゆる体液の総称。循環器系や内分泌系機能など、体内のさまざまな調節をおこないます。栄養素を循環させ、血液中の老廃物を取り除くため、滞りなく働いているときは、活動力もアップ。しかし、いったん停滞すると、頭痛、肩こり、冷え、のぼせをはじめ、さまざまな症状が起こってきます。これを「オ血(おけつ)(おけつ)」といい、とくに女性でよく見られます。

生体を防御する機能。西洋医学でいえば、白血球の一種のリンパ液にあたります。血管とともに全身をめぐり、抗体をつくって病原微生物を破壊するリンパ液は、免疫系をつかさどっていますが、ちょうど同じような働きをするのが水です。水がたまった状態を「水毒」といい、浮腫(むくみ)や手足の冷え・しびれ、息切れ、咳、アレルギー反応などが起こりやすくなります。

五臓六腑

漢方では内臓を五臓六腑に分けていますが、現代医学で使われる内臓とは考え方が異なります。
【五臓】(肝・心・脾・肺・腎)は、エネルギーや栄養分を作り出し貯えます。
【六腑】(胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦)は、飲食物を消化、吸収し栄養分を運び、不要物を排泄します。
また臓腑は精神(こころ)とも密接に関わります。
ここでは、五臓六腑について説明します。

五臓・肝

肝は現代医学の肝臓を含む、血流量の調節や自律神経の働き、運動神経、視覚機能を含みます。

  • ・漢方の栄養元である「血」を蓄え、体内の血量を調整します。
  • ・気血のめぐりをよくし、自律神経を安定させます。
  • ・運動神経である関節や筋や筋肉に栄養を送りスムーズに動ける身体にします。

肝の働きが弱まると、イライラ、怒りっぽい、憂鬱などの精神不安や、偏頭痛、ストレス性の胃腸障害、生理不順、筋肉のけいれんや四肢のしびれ、目のつかれや乾燥が起こりやすくなります。

五臓・心

心は現代医学でいう循環器系のほかに、精神神経作用も含まれます。

  • ・血液を全身に運び、栄養を供給し新陳代謝を促進します。
  • ・こころの働きとして感情などの精神活動、意識、思考なども関わります。

心が弱まると、血液循環や精神状態がわるくなり、動悸、不眠、イライラ、落ち着かない、目がうつろになったり顔の色艶が悪くなりやすくなります。

五臓・脾

脾は漢方では消化機能全体を意味し、脾胃ともいいます。
脾では、消化・吸収を行い、身体に必要なエネルギーや栄養物質、水分に変えて全身に送る働きがあります。脾の働きが弱まると、食欲不振、疲れ、だるさ、手足のむくみや、胃もたれ、下痢などの症状が現れやすくなります。

五臓・肺

現代医学の呼吸器系のほか、鼻の働きや、体温調節、免疫機能や大腸とのつながりも含まれます。

  • ・きれいな空気を吸い、汚れた空気を吐く呼吸の働きがあり鼻に通じ直接外気に触れる繊細な内臓でもあるため環境変化に機敏に反応する臓器です。
  • ・エネルギーである「気」や身体を潤わす「水」を体表や皮膚に送り汗腺の開け閉めや、皮膚の潤い、鼻の潤いや臭いに関係してきます。また下部(大腸)にも気や水を送りスムーズな排便を促します。

肺の働きが弱くなると、息切れ、せき、くしゃみ、鼻みず、鼻づまりといった症状や皮膚の乾燥、皮膚の炎症や汗腺の開け閉めがスムーズにいかず風邪を引きやすくなったりします。大腸に影響すると便秘になりやすくなります。

五臓・腎

現代医学の腎臓を含む、膀胱、泌尿器系の働き、内分泌系や免疫系のはたらきの他、耳や骨、髪毛とも関係します。

  • ・体内の不用な水分を膀胱に集め尿として排泄したり、必要な潤いを再吸収して水分代謝のコントロールを行います。
  • ・体の発育・生殖・老化に深く関わる栄養物質「精」を蓄えています。

腎が弱まると、水分代謝が低下し、夜間尿、頻尿、尿もれ、むくみ、二日酔などが現れたり足腰のだるさ、耳鳴り、疲れやすい、冷えやほてり、白髪や抜け毛、骨粗鬆症、インポテンツといった老化症状もあらわれやすくなります。

六腑・胆

胆は、胆のうの機能と肝の機能の一部と考えられます。
肝で分泌された胆汁を貯蔵して、必要に応じて腸内に排泄することで飲食物の消化と吸収を助けます。
この機能が失調すると食欲不振や吐き気、口が苦いなどがあらわれます。

六腑・小腸

主に五臓の脾の機能の一部と考えられます。現代医学で言う小腸での吸収過程をあらわします。
消化された飲食物中に含まれる必要な栄養分や水分を吸収し、不要な水分を膀胱に、固形物は大腸に送る働きがあります。

六腑・胃

胃は体に入ってきた飲食物を受け止め初歩的な消化を行います。
また消化後のものを小腸へ下ろします。胃の働きが弱ると、ゲップや吐き気などが現れます。

六腑・大腸

大腸は食べ物が消化吸収されおかゆのように水分の多い状態から水分を再吸収し、適度な硬さの便にします。
便が直腸に入ると人は便意を覚え、排便します。胃から直腸まで便を運んでいるのは、胃腸が自然に収縮する動きです。この動きが正常であれば、便は定期的に出ます。大腸の働きが弱まると、便秘や下痢、痔を生じやすくなります。

六腑・膀胱

膀胱は体内の余った水分や不要な老廃物が腎臓でろ過されてたまるところです。
漢方では腎と深く関わっていると考えられています。膀胱は、300~500mLの水分を蓄えることができ、膀胱がいっぱいになると、その刺激が脳に伝えられ「尿を出したい」という感覚が生じます。健康な大人であれば、1回の排尿量は150mL~200mLくらいで、朝起きてから寝るまでに5~6回程度排尿します。膀胱機能が弱まると、尿もれ、頻尿、膀胱炎、夜間尿、残尿感などを生じやすくなります。

六腑・三焦

三焦とは、水分代謝全般をさす概念で、現代医学で置き換えられる臓器はありません。
胸部から上と心・肺を「上焦」、胸とおへその間の部分と脾・胃を「中焦」、おへそから下と肝・腎を「下焦」と呼びます。
飲食物として体内に入ってきた水分が、全身を巡るときの通路と考えられます。